rosa8719の今日もご機嫌

59才で2回目の乳がんに。息子二人は独立し夫と二人暮らし。一日一日をご機嫌に。

胆のう結石症・手術当日から退院まで

最近の外科手術では“早期離床”が推奨されてるとかで、6年8ヵ月前の乳がん手術の時とは随分違うなぁ、と感じた。

手術日が決まった日、主治医には、「木曜日手術で土日あたりに退院、ということでよろしくお願いしますね。高度医療を行う病院なのでね。」と言われ、(手術から2泊3日か3泊4日?大丈夫かな?)と不安に思った私。

その後、察してくださったのか、「月曜日退院でいいですよ。」と言われてホッとした。しかしながら、今となっては(2泊3日か3泊4日で十分だったかも)と思える。そのくらい回復が早かった。

乳がん手術の時は前日夜に、「良く眠れるように睡眠導入剤」と「翌朝、お腹を空にするための下剤」を渡されたのだが、今回はどちらもなかった。まあ、眠れなかったとしても、術後は嫌でもよく眠れるし、絶食&流動食のみのお腹には、ほとんど何も残ってない。当日朝にお通じもあったので、問題はなかった。

・7月20日(木)手術日当日
朝9時からの手術。夫は8時半頃到着。手術着に着替えて、看護師さんと手術室へ。

一人で通された手術室はすごーく冷え込んでいた。自分で手術台に横になるように言われ、「冷えてて寒いでしょ?申し訳ないですね〜。」と男性スタッフさんがあれこれ気にかけてくださる。点滴が始まり、「眠くなるお薬入れますよ〜。」と言われて、目の前がグラングラン揺れたな・・・と思った所で意識が途切れた。

気が付いたら病室のベッドの上だった。

夫が心配そうにのぞき込んでいた。看護師さんたちが3人くらいで、心電図のモニターやら足のマッサージの機械を付けたり、床ずれが出来ないように体の向きを固定してくれたり。オシッコの管も入ってる。いろいろなものに繋がれてる状態。でも、乳がん手術の時より辛くないな、と感じた。まだ意識は朦朧としていた。

午後2時頃。
だんだん意識がハッキリしてきた。
手術そのものは1時間半くらい、麻酔をかけて覚めても入れて2時間半くらい、と聞いていたので、覚めるのに時間が掛かったのかも知れない。3時になったら水を飲んでも良いと言われた。

午後4時頃。
心電図のモニター、足のマッサージ機も外された。「立って歩けるようだったら、オシッコの管も抜きますよ。」とのことで、オシッコの管も抜かれた。早い!なんとか一人でオシッコは出来るが、まだフラフラする。
手術後に患部に入れられたドレーンと点滴のみ。大分身軽になった。
調子に乗ってあちこちにLINEした。夫は安心した様子で夕方帰った。

そこからがなかなか大変だった。
麻酔がまだ残っていたようで、トイレでオシッコするだけで重労働。息も絶え絶えな感じになるのだ。2回目に行った時は、2回も吐いた。夜中にトイレに3回行ったが、行くたびに大汗をかいていた。

患部に入っているドレーンが痛い。内臓レベルで痛いので寝返りも大変だ。しかし、ここでも(乳がん手術の時よりラクだな)と感じる。あの時は、機械につながれたままで、寝返りも思うように打てなくて、朝が来るまでが死ぬほど長く感じたから。自分で動けるだけで全然ラクなのだ。

・7月21日(金)手術翌日
朝、患部のドレーンも抜かれ、すっごくラクになった!痛み止めの点滴も手術後一回のみ。あとは飲み薬の痛み止めだけ。

ここの病院はかなり頻繁にドクターたちが病室に来てくれるのだが、「もう普通な感じですね。」「回復早いですね。」とニッコリ。朝の血液検査の結果、肝臓の数値も問題なくなった、と聞いてひと安心。

朝食は流動食だったが、昼食からは普通食になった!!久しぶりの普通のご飯。嬉しいけどあまり食べられなかった。

夕食はペロリと全部いただいた。普通のご飯が食べられる幸せ。胆のうが無くなって、体も急ピッチで消化吸収しようと頑張ってるのか、食べた後、物凄く体がカーッと熱くなる。しばし横にならないと無理な感じ。

夫は23日(日)の朝、東京へ帰って行った。24日(月)、私は一人で退院した。荷物も少ないし、自分の身の回りのことは問題なく出来る感じである。

突然襲ってくる、あの痛みに怯えなくてすむと思うと・・・嬉しい!!