rosa8719の今日もご機嫌

乳がん経験者の50代パート主婦。息子二人も独立し夫と二人暮らし。一日一日をご機嫌に。

朝ドラ・スカーレット最終回☆ありがとう!

28日、NHKの朝ドラ「スカーレット」が最終回を迎えた。

半年間、朝8時になるとテレビの前に座って、一緒に泣いたり笑ったり。最初から最後まで見続けた朝ドラは「スカーレット」が初めてだ。

一体何が私の心を捉えて離さなかったのか。

 

最終回がどんな展開になるのか、自分なりに勝手に思い描いていたのは、

白血病の武志に適合するドナーが見つかり、奇跡的に回復する

とか、

・武志は残念ながら亡くなってしまうが、泣き暮らしてる喜美子に「もう一度夫婦になろう」と、八郎が優しく寄り添う

とか、よくありがちなドラマチックな展開だ。

 

しかし、実際のドラマはそんな視聴者のベタな予想などはスルリとかわして、極々普通に自然に展開させて行く。

 

武志の死も、「ナレ死」というらしいが、ナレーションのみで語られただけだった。

「武志は26歳の誕生日を前にして旅立ちました」

えええーーーっ、うそ〜〜!と、私なんかテレビの前で叫んだわ。

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(画像お借りしました)

 

思えば、喜美子の母マツも、喫茶店サニーで談笑中に眠るように亡くなり、その後仏壇に飾られた写真のアップ、という表現だったように思う。数年経ってから、別れた八郎さんが仏壇にお参りしに来た、という場面があったな。

 

日常が淡々と流れて行って、ことさら「死」というものを大袈裟にとらえる事もなかった。

 

出会いも別れもあるけれど、自分を信じて歩いて行く喜美子を描きたかったのかな。

 

いろいろとリンクする場面も多かった。八郎が名古屋の会社を辞めて長崎で修業することになり、喜美子に伝えに来たシーン。縁側でみかんを食べながら武志の思い出話をして、「また話しような。」と語り合うシーン。

 

そうだ。八郎さんはいつだって「話しよう。」という人だった。夫婦としてやり直そうとかなんとか言わないけれど、「修業辛くて、すぐ辞めて帰って来るかもしれん。」という八郎に、「帰ってくんな。」という喜美子。喜美子のところが帰る場所になってるという、漂う安心感。

 

水橋文美江さんの脚本の素晴らしさはもちろんのこと、照明、音楽、セットやお料理まで、本当に丁寧に丁寧に作られたドラマだなぁと感じた。

 

全然飾り気のない喜美子を、戸田恵梨香さんが演じ切った、というのもすごい。

半年間、良いものを見せてもらって、本当にありがとうございました。

 

食料品の買い占めに走らないで

新型コロナウィルス 対策として、東京都の小池知事が昨夜、「外出自粛要請」の記者会見をした。

東京では、食料品の買い占めに走る人が続出して、スーパーの棚もガラガラになってる、とニュースやワイドショーで取り上げられていた。

 

あらま。こんな事を放送するから、さらに不安に煽られた人たちが「食料品が無くなったらどうしよう。」と買い占めに走るのではないかしら?

 

私は2011年3月11日の東日本大震災の被災者だ。

あの日はパートの仕事中だった。いまだかつて経験した事のない大きな災害。かろうじて繋がっていた携帯で夫にメールを送信し、停電で信号も全て止まった中を、対向車と合図しながら必死に運転して自宅に戻った。

 

カテゴリ「東日本大震災」にまとめてあるので、読んでいただければ、と思う。

 

全てのライフラインがストップした。電気が復旧して携帯が使えるようになったのは4日後だった。

 

食料品も手に入らず、スーパーにも並んで数時間待ち、しかも数種類の中から個数制限あり、とかで。普通の生活に戻るまでが大変だった。

 

私は地震の前日にガソリン満タンにしていたので、その点は困らなかったが、ガソリンスタンドにも長蛇の列が出来、数時間待ちの日々が続いたようだった。

 

あの時に比べれば!と言ったら不謹慎だけど、ライフラインは動いていて普通に生活は出来る。そんなに慌てる事はない。三つの密を避けて、ウィルスにやられないようにまずは気をつけて生活しよう。

 

帯広の姑はもうすぐお誕生日で米寿のお祝いなのに。入居している特養ホームは親族も面会出来ないようだ。まぁ、こんな時だから仕方ない。

 

東京にいる息子二人は大丈夫だろうか?離れて暮らす家族が新型コロナウィルス にやられちゃったら、大変だろうな・・・。日本も諸外国のようになってしまうのだろうか。

 

ごく普通に暮らせる幸せ、を改めて感じる今日この頃だ。

20年目の石油給湯機が壊れた

数日前の夜、普通にお湯張りをして、さぁお風呂に入ろう!とフタを開けてびっくりした。お湯の量が極端に少ない。循環アダプターのラインをようやく超えた程度なのだ。

(なにこれ?)と、「たし湯」のボタンや「さし水」のボタンを押してみたものの、水量はまったく増えない。ボタンが効かなくなってるのか。

 

とりあえず入浴は出来るしシャワーは普通に使えるので、その日は「もう!」と言いながらもやり過ごせた。

 

翌朝、夫に「お風呂がおかしい。」と訴えて一緒に見てもらった。「確かに変だな。とりあえずシャワーや給湯は問題なく使えてるから様子を見て、休みの日に業者に連絡して見てもらおう。」ということになった。

 

我が家は築20年目。正確には19年と3ヵ月。石油給湯機付風呂釜はパーパス のAX-400ARD。普通は10年から15年くらいが寿命らしいので、長く使えた方だと思う。

 

10年目に台所側のリモコンが故障し、お風呂場のリモコンのみを使うようになった。3年前に温水ルームヒーターが故障した際、ついでに見てもらった業者には、「お風呂のボイラーは全然大丈夫ですね。長持ちして上手に使われてますね。」と言われたのだ。

19年も使えたのだから元は取れてるのかも。

 

夫が業者に電話で相談していろいろやってみたが、やはり修理は難しいらしく、部品の取り寄せも出来ないとのこと。買い替えをすすめられた。

 

夫と近隣のホームセンターなどを見て回り、業者に自宅まで来てもらって見積もりを取る、という流れになった。予定が立て込んでいて、数日後になりそうとのこと。

給湯機の代金の他に工事費用とか撤去費用などなどで、20万円ほど掛かりそうである。

 

しばらくはシャワーのみの日々になりそうだ。

 

20年前、家を建てた時は「石油が一番ランニングコストが安い」と言われていて、文句なしに石油給湯機を選択したのだが、今の世の中ではガス給湯機が圧倒的にシェアを占めているようである。

 

うちはオール電化にする予定はないので、電気式の給湯機は考えていない。エコキュートとかエコジョーズとか、今まで全然興味も関心もなかったので、それも考えなくっちゃ。

 

築20年。この先もメンテナンスに時間と労力とお金が掛かりそうである。

「まつ毛ごっそり抜ける問題」の原因は?

一昨日もメイク中にビューラー(アイラッシュカーラー)を使ったら、まつ毛がごっそり抜けた!

あぁ、私の貧弱で短いまつ毛が。。。さらにスッカスカに(泣)。花粉症の時期で目元をこすったりするのも影響してるのだろう。

 

これってもしかして、ビューラーが原因なんじゃないの???と、資生堂のごく一般的なビューラーを見つめる。

 

まだ新しいし、ゴムもちゃんと替えてる。説明書通りに根元をはさんで三段階くらいにグッグッと押し上げて使っていた。ちょっと痛いくらいに。

 

Amazon@cosmeで調べてみたら、最近はプラスチックのコンパクトなものが人気らしく、高評価だった。

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↑ プッシュアップカーラー(ピンク) 貝印

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↑ プッシュアップカーラー(ピンク) KQ3035 貝印

 

近くのドラッグストアで探すと、少し前のバージョンらしいこちらを発見。同じシリーズだし良さそうなので、即購入した。

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PCアイラッシュカーラー ピンク KQ-3011

小さい。安い。415円だった。

使ってみたら、全然痛くなくてびっくり!バネの力なのだろう。プラスチック製なのに、余計な力もいらずにちゃんと根元から持ち上がる。感激〜♪

こりゃあまつ毛も抜ける訳ない。

 

今までの苦労はなんだったのだろう。このビューラーを使って、まつ毛を優しく育てて行こう。技術だわ。アイデアだわ。こういうこと考える人ってすごいわ。

 

自分を大切に

私が生まれ育った家は祖父母と父母、弟の6人家族。末っ子長男の父とお見合い結婚した母は、結婚当初から舅姑と同居の生活だった。

 

家から100mくらいの所に、父の一番目の姉と二番目の姉が住んでいて、自宅の隣には親戚の女性の理容店もあり、非常に息苦しいような環境で母は暮らしていた。

 

渡る世間は鬼ばかり」のテーマソングが聞こえて来そうだ。♪タララタラタララッタ〜・・・。橋田壽賀子ドラマの世界に母は住んでいた。

 

甘え上手な母と毒舌だが気持ちの優しい父は、夫婦仲は良かった。なのに、親戚の集まりなどがあると揉め事が絶えず、母は気の強い姑、小姑に振り回されっぱなし。いつも泣いていた。

 

私は母親の愚痴をひたすら聞かされて育った。姑が亡くなり、小姑の口出しが少なくなっても、「昔はこんなひどい事をされて、私は本当に苦しんだ」という母の話は続いた。重すぎるストレスを抱えた母はリウマチになり、長く辛い闘病生活の末、17年前にこの世を去った。

 

今は亡き父の闘病を支えるために、母の姉の家に泊めてもらった時の事である。昔話に花が咲いて、夜中まで話が尽きなかった。

従姉妹も交えてのおしゃべりはとても楽しかったが、ショックな事もあった。

 

私の母のイメージが、「姑とずっと同居でとても苦労してたね」「小姑にもすごく虐められて、ひどいめにあったね。」「リウマチで最後は寝たきりになって、本当に苦しんだね。」「どうして○○子ばかりこんな不幸な目に合うのか。」と、見事にネガティブな事ばかり。

 

その時に、愚痴って恐ろしいな、と心底思った。吐き出せば楽になる、心を開くことになる、とかいうが、他人の心にはそのイメージがそのまま残るのだ。

 

母は自分で服をデザインして型紙を起こして、ささっと作る事も出来たし、明るくて面白い人柄でもあったのに。娘としては、なんだかやりきれなかった。

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☆   ☆   ☆

長い年月を経ても、「嫁姑 女の戦い」は、今でも変わらずどこにでもあるようだ。

 

結婚当初から姑と同居だったAさんは、「私の人生を返して!って姑と主人に言いたいわ。」と言っていた。

 

高齢の姑が高齢者施設に入居して楽になったはずなのに、いまだに姑への不満は募ってる。姑の具合が悪くなった時に、ご主人に連絡が取れなかったら自分の方へ連絡が来るから、そうなった時に困る、と悩んでいる。

 

どんな問題でも最終的には「姑が全部悪いのよ!」となるので、それもどうかなと思うが言えない。姑のせいじゃないかも知れないのに、全部悪いのは・・・となってしまう。

 

Aさんには、「もっと自分を大切にして。そうしないとうちの母みたいになっちゃうよ。」と言ってあげたい。

 

嫌なことは無理してやらなくて良いと思うし、ご主人にもちゃんと伝えたら良いし、姑の問題と自分の問題は分けて考えた方が良いと思う。

 

そこがまた難しいのかなぁ。