rosa8719の今日もご機嫌

59才で2回目の乳がんに。息子二人は独立し夫と二人暮らし。一日一日をご機嫌に。

実家の父が踵骨骨折で全治3ヵ月!?(2)

午前10時半の新幹線に乗ってローカル線に乗り継いで、ポケーっと窓の景色を眺めていたら三時間なんてあっという間だった。乗り継ぎも大慌てだったので、昼食を買う暇も食べる暇もなく実家に到着。

「悪いけどすぐに買い物に行ってくれ!」と、せっかちな父に頼まれ、お菓子を何個かほおばって急いで出発した。超・方向音痴な私のために、買い物には親戚(父の従姉弟)のT子さんが同行して道案内をしてくれることになった。T子さんはうちの実家の隣で理容店を営んでいたことがあり、昔からよく知っている人である。話をするのは10年ぶりくらいなので、道中のおしゃべりは楽しかった。ご主人を亡くされてから10年あまり。1人息子さんは独立して一人暮らしである。

「rosaちゃんから1月に手紙もらって、お父さんすごく喜んでいたよ。でもね、年を取ると生まれた所から離れたくなくなるものなんだよね。70、80になって生活環境を全部変えるのってしんどいことだよ。だから、田舎で一人暮らしをしている老人は多いのよ。」とT子さん。お正月、実家からの帰り道、父のこれからのことを夫といろいろ相談して手紙を書いて送ったのだった。どこの家庭でも抱える悩みである。

今回も、「これから先、病気とか怪我をするたびに大変だよ。私たちの近くに越してくるとか、本当に考えてみたら?」と父に言ったのだが、「いや、オレはここを動かない。死ぬまでここにいる!」と断言された。ううむ、やはりそう来たか。父は長男なので、ご先祖様の墓守とかも考えるのだろう。

今回、こんな事態になって本音を聞き出せた。1月に「何とかしなきゃ」と思っていたことの、ひとつの答えのようなもの。これから先、困ったことがあっても、私は今回のように飛んできて助けてあげる、というやり方しかないのだろう。それが父の望みならば。通うのが大変でもそうするしかない。そうしてあげよう。

僻地は医療過疎地域でもある。病院はどんどん潰れて、整形外科クリニックもかかりつけの内科クリニックも車で片道30分ほど掛かる。大きな病院だと1時間かそれ以上だ。スーパーも潰れてしまい、父は車で片道30分の大型スーパーでまとめ買いしてくるのだという。その時にT子さんもよく便乗していたとのこと。

T子さんのご主人は肝臓がんで10年前に亡くなられたのだが、父は具合が悪くなったご主人を大きな病院へ度々乗せて行ってあげたそうだ。その時の恩があるので、今回は逆に助けてもらえるというわけである。

21日ころに整形外科クリニックに行かなきゃいけないというので、「私が一緒に行こうか?」と言ったら、「友達が乗せて行ってくれると言っていたからいいよ。」とのことだった。そうか、年をとっても周りとのコミュニケーションが良好ならば、こういう助け合いもありなんだな、と思った。“困ったときはお互い様”だけど、実にありがたいことである。

私は超・方向音痴だし、車の運転も得意な方ではないが(でも嫌いじゃない)、今回たまたま父が車を買い替えてくれていて助かった。以前はマニュアル車だったので私には運転出来なかった。小型のオートマになったので、普段運転している感覚とほとんど変わらず運転できた。

買い物から帰って料理を作り、家中をあちこち掃除した。ヘビースモーカーの男二人で、換気扇も回さずにタバコを吸いまくっているので、家中どこを拭いてもヤニ色に染まる。雑巾はタール色、バケツの水もタール色(笑)。カビ、ほこり、ワタゴミ。掃除のしがいがある、あり過ぎる。

今回はちょっと頑張ったので、親孝行出来たな、と思う。「人に作ってもらったご飯なんて久しぶりだ〜。」と父。「ああ、やっぱりお惣菜とは違うわ〜。」と弟。役に立てて良かった。