rosa8719の今日もご機嫌

59才で2回目の乳がんに。息子二人は独立し夫と二人暮らし。一日一日をご機嫌に。

監察医の涙〜上野正彦〜

乳がんになってから、“人の死”についてよく考えるようになった。以前より“死”が自分の近くにあるように感じる。(もしかしたら自分で思っていたより、命短いかも知れないし。)なんてことがいつも心の片隅にある。

監察医の上野正彦氏といえば、テレビのワイドショーなどでお馴染みの先生で、著書「死体は語る」は大ベストセラーになった。以前から読みたいとずっと思っていて、今回ようやくそのタイミングに恵まれた。

上野氏は医学部を卒業し国家試験に合格して、さて何科の医師になろうか?と思った時に非常に悩んだそうだ。父親は北海道の無医村地区で何でも診ていたなんでも屋。貧しい人から無理に診療代を取るようなことはせず、「医者は金儲けではない」というのが口癖だったそうだ。

人間にとって死とは何なのか、死をつきつめていけば、生きるとはどういうことなのかがわかるのではないか。そう考えて、二、三年死の医学である法医学をやろうと思い、大学の法医学教室に入ったそうだ。そこで監察医務院に入り監察医となった。

生きている人が喋ることには嘘があるが、死体は嘘をつかない。死体を診ているうちに、「なぜ死んでここにいるのか」「死ぬ間際はどんなだったか」を、死体が語り始める。嘘のない真実の世界なのだ。

この本で紹介されるエピソードは、涙なしには読めないものばかりで、切なかった。

ある交通事故の現場で、顔がつぶれて無残な姿になった子供を抱いて泣き叫ぶ母親の姿。子供に先立たれた母親の嘆きには壮絶な母性を感じることが多く、耐え難く胸がいっぱいになるそうだ。

自殺、心中、虐待・・・。死体を診ることで浮かび上がってくる壮絶なドラマ。子供がらみの話がやはり切ない。母親目線で読んでしまって、いたたまれない気分になる。夫の浮気を疑って精神的に不安定になって・・・というものも多かった。

私が一番意外だったのは、老人の自殺について書かれた、「お世話になりました」というタイトルの文章である。

1人暮らしの老人と、3世代同居の老人と、どちらが幸せであろうか?実は、1人暮らしの老人より、3世代同居の老人の方が自殺率が高いのだそうだ!同居老人の自殺率は独居老人の1.6倍。(昭和51〜54年)

老人が自殺すると、「病気を苦にして」という理由で片付けられることが多いが、あの大変な戦争を体験し、戦乱をくぐり抜けてきた老人がそんなことで自殺するのか?と上野氏は疑問に感じていたそうである。

家庭の中で冷たく疎外されていて、温かい言葉も掛けられず、孤独を感じている老人が多いのではないか?老人が自殺した家庭を訪問すると、若い夫婦のほっとした様子が見て取れることが多くて、何か淡々とした印象を受けるとのこと。

老人の遺書は立派で、冷たくされた身内に不平不満を書いている事例は少なく、「みなさん、大変お世話になりました」とだけ書かれているのだそうだ。上野氏は無念の思いを抱いて亡くなっていった老人の代弁者になろうと考えて、現役時代には思い切り書けなかったことを、辞めてから世に訴えようと思ったのだそうだ。

老後は孫たちに囲まれて楽しく心豊かに暮らしたい、というイメージは幻想なのかも。1人で暮らしている老人の方が寂しくても気楽なのかも知れない。この本を読むまで、そんなことは考えたこともなかった。