rosa8719の今日もご機嫌

59才で2回目の乳がんに。息子二人は独立し夫と二人暮らし。一日一日をご機嫌に。

空き家が売れた(1)

ここのところ、私はネットでひたすら「仏壇 処分」を調べていた。

宗派によって多少の違いはあるにしても仏壇は、お坊さんに「魂抜き」の読経をしていただいて処分し、新しい仏壇を迎えてから「魂入れ」の読経をしていただいてお祀りする、というのが一般的に行われていることらしい。なかなかに面倒な決まりごとである。

その処分のために遠く離れた実家まで出向き、まだまだ残っている家財道具一切も片付けなければならない。空き家を買いたいという人が現れたのは実に喜ばしいことだが、問題は山積していた。

三回忌の法要のため寺へ向かう車中で、夫は「あの実家を手放すのはやはりもったいないよ。年内引き渡しが難しくて、相手方がごねるようだったら、無理して売らないで、自分たちの別荘として使ってもいいんじゃないか?」と繰り返しそんな話をしていた。

「でも、片道約300kmだよ?通うのもキツイでしょ。」と夫に気を使う私の話にも聞く耳もたず。「土が良いからね。いろんな作物を植えて収穫を楽しみたいんだ。」と夢は広がるばかり。

しかし、三連休初日は絶好の行楽日和に恵まれ、紅葉も真っ盛り。車の渋滞も続き、夫はもうへとへと。「・・・やっぱりさ、この距離を通うのは大変だよね。欲しいという人がいるなら、売った方がいいか!」と、いきなりの路線変更。(^_^;)

「仏壇の処分のこと、お寺さんに聞いて相談してみようか?」という私に、「そんなのは今回は言わなくていいんじゃないか?ちゃんと決まってからでいいだろ。なんか、家を早く処分したくて急いでるみたいに思われそうだよ。」と夫。

そんなこんなでお寺に到着して、亡き父の三回忌の法要。夫婦二人だけでこじんまりと終了。

お坊さんの読経の後、お茶をいただいて世間話。話がなぜか自然と「空き家」の話題になった。

「ご実家が空き家になって、法事のために茨城から秋田まで車で来られてる方もいますよ。供養されるのがその方しかいなくて。このあたりも空き家が多くなりました。たまーに欲しいという方もいて、売れるようですよ。」とお坊さん。

(これはチャンス)と私はすかさず「あの、実はうちも父が亡くなり空き家になっているのですが、実家をほしいという方がいて、明日会うことになっています。そういう場合は、仏壇の処分って、どういうふうにしたら良いのでしょう?」と聞いてみた。

すると、「仏壇は中の御仏様とお位牌を取ったら、ただの箱と同じで入れ物でしかないんですよ。真宗大谷派(浄土真宗)はそんなに仏壇の取り扱いは難しくないんです。」とお坊さん。

えっ、と思った私は、「それって、中のご本尊とお位牌さえ他に移せば、ということですか?」と聞いてみた。

「そうですよ。あとは扉を閉めてそのままにしても良いし、普通に他の家具のように処分しても構いません。お墓のことはそうはいかないですよ。死体遺棄とかになったら法律に触れますから、こちらはキチンと閉眼供養などします。でも仏壇はね。入れ物なので、そんなに気を使うこともないです。お位牌も、先祖代々のを一つにまとめてもいいですよ。」と、意外にあっさりとしたお答えだった。

「ええーっ、それでいいんですか?」と驚いて言ってしまった。すっかり気が楽になり、今回はご本尊とお位牌を持ち帰ろう、と決意。そうか、そうか。わざわざ「魂抜き」や「魂入れ」をしなくても良いのか。って、これってぶっ飛んでるのかな?

そういえば、以前、浄土真宗西本願寺に問い合わせたら、今回と同じようなお答えをいただいた、というのをブログで読んだことがあった。まさか真宗大谷派はそうではないだろう、と思っていたので意外だった。

本来はお位牌も用いなくて良いらしい。「過去帳」というのがお位牌にあたるものらしいが、実家の仏壇まわりを探してみたが見つからなかった。白木のお位牌に法名を買いた紙を被せたものが使われている。これがこの地方で便宜上使われているお位牌らしい。

今夜、実家が売れた報告を従姉妹たちにした所、仏壇の処分に関して一人の従姉妹が、「あそこの寺は手抜きなのよ。変な坊さんだから信用しない方がいいよ。なんか、幸薄い人って感じがするのよね。うちの亡くなった母も変な坊さんだと言ってたわ。あの坊さんの父親は、魂抜きも魂入れもちゃんとやってたのよ。他の寺に頼んだら?」と言って来た。

どうすりゃいいんだ?まぁ、結局、契約の日に不動産屋の手配で魂抜きはしてもらうことになりそうである。