rosa8719の今日もご機嫌

乳がん経験者の50代パート主婦。息子二人も独立し夫と二人暮らし。一日一日をご機嫌に。

週刊現代6/15号「かくて奇跡は起きた!」の記事

医者は見捨てた−しかし神は見捨てなかった
かくて奇跡は起きた!

治療もしていないのに

 茨城県つくば市で在宅医療専門のホームオン・クリニックつくばを経営している平野国美くによし医師の元に、父親が通う病院の院長から電話がかかってきたのは、2009年12月のことだ。

「お父さんが胃がんです」――院長はそう告げた。話を聞いて、平野医師は、父親の余命は3ヵ月もないだろうと判断した。

「もう次の桜を見せることはかなわないと思いました。ならば人生の最後は、せめて苦しまずに逝かせてあげたいと思い、延命治療のすべてを断り、引き取る旨を院長に伝えました」

 引き取った父親のためにマンションを借り、頻繁に顔を出して買い物や食事をともにした。多少の抗がん剤は用いたが、根治療法は一切なし。それでも病状は不思議と安定し、桜の時期を乗り越える。奇跡のような日々は3年ほど続いた。

「けれど、昨年の12月から体調が急変したんです。意識が常に飛ぶようになり、何度も『オレ、大丈夫だよね?』と私に聞くようになりました。私も、心構えだけはして、葬儀の準備も進めていました」

 そして今年1月、平野医師は自身が運営する看取りのできる有料老人ホームに父親を移した。プロである息子から見ても、2度目の奇跡はさすがに起きないと覚悟したのである。寝たきりの日々が続いたが、入居後10日ほど経つと、目を疑うような変化が起こり始めた。

「徐々に体調が回復し、歩けるようになったのです。『いやあ、治っちゃったよ』と本人が言うくらいで、トンカツをぺろりと平らげるくらい食欲も出てきた。今では毎朝、ホームの仲間たちと散歩をし、自転車を買いたいと言い出すまでになりました」

 余命3ヵ月の見立てから、3年6ヵ月。その父・國雄さんは、友人に囲まれ、好きなものを食べ、ホームの主のような顔をして楽しく日々を過ごしている。がんの治療は、変わらず受けていない。

「がんじゃなかったんだよね、胃潰瘍だったんだよ」

 國雄さんはこう笑い飛ばす。もちろん、がんという診断が誤りだったわけではないが、すでに過去のことになっているようだ。いまでは検査も受けていないので、がんがどのような状態になっているかはわからない。だが、がんが発覚したときよりも明らかに元気になった姿がそこにある。

医者にも理解できないような奇跡的な回復。「もう打つてはない」と宣告された患者が生還を果たすケースは少ないながらも存在する、というから驚きである。

肝臓がんの末期で余命3ヵ月から半年と言われ、「治療しても効果は期待できない」と医師に言われていたのに、ラジオ波焼灼術、動注化学療法などをして半年後にはがんが跡形もなく消え、6年経過した今も再発の兆候はまったくない、という70歳女性。

74歳男性は02年にステージⅣの大腸がんが発覚。腹膜播種を起こしており、手術をしても再発の可能性は非常に高かった。3ヵ月後、肝臓にがんが見つかり、脾臓へも転移し、手術で摘出。10年たった今も再発はないという。

近藤誠医師の説によると、癌には“本物の癌”と“がんもどき”があり、本物の癌は転移するので助からない、はず。誤診ではないようだし、再発しても長期生存される方、癌とともに共存される方が少なからずいるようである。

悪性度の高い子宫絨毛がんの末期から生還し、がん治療のまっただ中で双子の出産まで成し遂げた64歳の女性もいる。アメリカの病院で子宮がんが見つかった時、すでに肺にも転移していて余命6ヵ月と宣告された。だが死を覚悟して訪れた日本の病院で医師からこう告げられた。

「もうがんで死ぬ時代は終わりました。やることをやれば治りますよ。」
「がんになったのはあなただから、あなたが治して帰るんですよ。私たちはそのお手伝いは出来るけど、治すことはあなたじゃないと出来ないんです。がんと向き合ってください。」

うわっ、こんな素敵な言葉を掛けてくれる医師がいるのね!!私もこんな先生に診てもらいたい!!

その後、ご本人もがんと闘うため猛勉強し、治療法を探求していったのだそうだ。そんな中で双子を妊娠し、不安でいっぱいになりながらも無事に出産。がんは30年以上たった今も再発していない、とのこと!

病気と向き合い、自分で何とかしようという気持ちが大事らしいが、それにしてもびっくりするようなことばかり。元気が出てくる記事だった。